イースター島は不思議な島です。あの個性的な顔のモアイ像はこの島に600以上もあり、製作中のものが300以上あるそうです。重さ10トンから80トンもある多数のモアイ像は何のために作られたのでしょうか。どうやら今生では訪れることは無さそうですが、ぼくはこの島の数奇な歴史をその地に佇んで感じてみたいと思ってきました。

イースター島は、小な地球に例えられることがあります。古を研究する学者たちが発掘し推論したこの島の歴史は、人間の発展しようとする性が自然環境を食い潰した痕跡の残る地として記されています。

広い太平洋の中の絶海の孤島・イースター島は、広大な宇宙の中で未だ他の惑星に生活圏を築けない地球文明になぞらえることができるのです。その理由は、この島の歴史を知ることでわかります。

ポリネシアの民は古来より航海術に長けていたと考えられています。彼らは大型のカヌーで何十日もかけて移動するうちに、大海の中にぽつりとあるこの島までやってきたのです。彼らが始めて目にしたこの島は、巨木が生い茂る動植物が豊かな土地でした。島の近くの海にはたくさんの魚影もあり、この地がたくさんの仲間を養えることは明らかでした。

そこで、彼らは部族の仲間を呼び寄せ、恵み多きこの島に定住したと思われます。自然界から獲れる豊かな食物で島の人口はどんどん増えてゆきます。巨木を切り倒し遠洋まで漕ぎ出せるカヌーを作ることで、大きな魚も獲れることになり島の人口はさらに増え続けました。

島には何箇所も集落が形成され、部族として発展してゆきました。人口が増えるに従って、島を覆っていた巨木の森林は減少してゆきました。保水力を失った土地からは土中の栄養分も流れ出し、痩せた土の島へと変わっていったのです。

巨木が無くなったことで大きなカヌーが作れなくなり、遠洋での漁獲もできなくなってゆきました。やがて、人々は食べるものが十分でなくなり部族どおしが争いを繰り返すようになりました。

食料が逼迫する中で、終には争い勝った集団が人肉食を行っていたことが発掘で分かっています。西洋人が島を発見した頃には、見る影もないほど人口は減っていたのです。

我々は、この島の辿った歴史から学ぶべきことがあると、ぼくは思うのです。世界史の中で勃興したどの文明も森を利用することで発展し、樹を切り尽くし森を失うことで崩壊してゆきました。そして現代文明は人口73億人を超え、アマゾンやアジアの熱帯雨林を伐採し地球規模で森林を破壊しています。

自然界のバランスを保ち持続可能な暮らし方に急ぎシフトしなければ、我々も嘗てあった歴史を繰り返し地球全体で崩壊する危惧が間近にあるのです。このことに多くの人が氣づき、節度ある暮らし方を実践する必要があるのです。希望を無くしてはいませんが、我々に残された猶予はほとんど無いとぼくは思っています。

パーマカルチャー塾で持続可能な暮らし方を啓蒙する臼井さんは「人類全員が日本人の暮らしをするためには、地球が2個半要る。アメリカ人の暮らしをするためには地球が5個要る。」と語っています。