氣づき始めた皆さんは分かると思いますが、今の日本はあまりにも嘘が多いのです。
食べるもの、受ける医療、住む空間、そうした我々の日々の暮らしで何気なく選択していることの中に、避けるべきことが沢山あると、ぼくは考えています。
ぼくは10年以上前から、どうも世の中の仕組みがおかしいと感じるようになりました。
会社員として望まれる働きをすることが、個人収入のアップや会社での地位には繋がるのだけれど、会社を離れた地域の一市民としては安寧感に繋がらない、子どもたちに暮らしやすい社会を残してゆけるのだろうか?そんな疑いを胸に抱えるようになったのです。
「この先どうなるのか?」ということが以前から氣になるたちだったぼくは、人があまり手に取らないような本をいろいろと読み始めました。
すぐに分かってきたのは、世間に広められる経済情報や政治情報には裏表があって、裏情報にアクセスできる者が労なく利益を得られる構造が社会のあらゆるところにあるということです。
新聞もテレビも、真に重要なことはわざと伝えていないこと、時に市民をミスリードする情報も意図的に流されていると理解できました。
その代表的なやり方は、国民が本当に注目するべき重大なことがある時に、ベストタイミングで芸能人の逮捕などの比較すれば注目に値しないニュースばかりを放送するのです。
誰にとってのベストタイミングなのでしょう? 常に政局がらみなのです。
記憶に新しいところでは、
清原選手の逮捕:この時は、甘利経済産業大臣の疑惑問題と彼が推進役だったTPP問題に注目させないため
ASKAの逮捕:この時は、年金カット法案の強行採決に注目させないため
テレビは、どの局を観ても逮捕報道一色でした。深く考えていない大多数の市民は、裏で行われている重要な政局=我々の未来を左右することに氣づくことができないのです。
日本の報道機関が、我々市民の味方ではなく権力側を擁護するものだと理解できるでしょうか。
「国境なき記者団」が発表した「報道の自由度ランキング」では、日本の順位が毎年下がり続けています。2016年は、前年より順位が11下がって72位(180カ国中)でした。特定秘密保護法の施行から「多くのメディアが自主規制し、独立性を欠いている」と指摘されています。
先進国の中でかなり下位にある日本ですが、その報道を信じる国民の順位は逆に上位にあるのです。世界の市民が報道への信頼を無くしている中、日本人はお目出度いことに未だにレベルの低い報道を信じているのです。
これは、世の中が嘘に溢れていることのほんの一例です。我々は今、どんな情報も鵜呑みにしないで自分で確かめる慎重な姿勢が求められていると思います。
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