内的世界の重要性を知る人々にとって、「100匹目の猿」の話は社会に変革をもたらす方法として注目を浴びてきました。特に日本では、かなりの人数の方々がこの話に希望を託していらっしゃると思います。

1953年に幸島で「イモ」と名付けられた1歳半のメス猿が、それまでどの猿も行わなかった『砂のついたサツマイモを水で洗う』という画期的な行動を始めました。この行動は少しずつ群れの中へ伝わってゆきます。するとある日、幸島でサツマイモを洗うニホンザルが臨界値(例として100匹)を超えたとき、それまで数年かけて少しずつ広まっていった芋洗い行動が、まるでテレパシーでも使ったかのように幸島の群れ全体に一瞬で広まったというのです。しかも驚くべきことに、幸島から200キロも離れた猿の群れや、日本全国の猿の群れにも広まったというのです。

「我々の内の十分な数が真実の何かを持つとき、それは全ての人にとっての真実になるかもしれない。」

非常に魅力的な考え方であり、内的世界を理解する人々には信じることができると思えるのです。わたし達の想念で描く行方が現実を作ってゆくと考える人々には、我々の想像力の重要性を確認できる根拠となるものでしょう。

この話はライアル・ワトソンが「生命潮流」の中ではじめて取り上げ、ケン・キースの「100匹目のサル」の書き出しのバージョンが知られています。日本では経営コンサルタントの船井幸雄氏の著書『百匹目の猿―「思い」が世界を変える』によっても大きく広められました。

実はぼくも、数週間前までこの話に希望を見出しているその一人でした。ところが、欧米ではこの話が作り話であると決着がついていることを、この記事を書こうとして調べ直しているときに知ることになりました。

幸島のサル社会を研究した実際の論文に照らし合わせれば、グループの全ての若ザルがイモを洗うことを覚えたわけではなかったということです。ほとんどの子ザルは幼いうちにイモを洗うようになっていったのですが、4歳以上のオスザルは、この行動を習得することは無かったのです。大人になるまでにイモ洗いを始めなかったサルは、若いサルたちの間にどれだけこの行動が広まっても、後からそれを学ぶことは無かったというのが真相のようです。

他の群れでサツマイモを洗うサルが現れたという報告はあったようですが、このような事例にはもっと簡単な説明ができてしまいます。あるグループに「イモ」という先駆者のサルが現れたのならば、他のグループにも「イモ」のようなサルが現れることは十分ありうるわけです。

幸島のサル社会に広まった「洗う」という行動が想念として伝播し、遠く離れた群のサルが「洗う」行動を想起し始めることを容易にする可能性はあるにしても、実際の研究はこの考えを支持も否定もしていないのです。

「100匹目の猿」現象はあるかもしれないし、そうした希望を持ちたい氣もちはありますが、事実は事実です。ライアル・ワトソンの示した話は誇張がありすぎる「作り話」と言われてもいたしかたないのです。

前向きな考えをもつこと自体は、我々人類にとって重要なステップだとぼくは考えています。しかし、それだけでは世界を変えるのに十分でないのかもしれません。わたし達は、個人と個人の間での直接コミュニケーションをまだまだ必要とするのでしょう。ぼくは、一人一人が前向きな考えを行動に移すことが一つの解だと思っています。